裏コードと完全代理・第三回「ドミナントモーションという現象」

前振り

 おはようございます。お世話になっております。りんろんたです。

 実は、私りんろんたは、今この「裏コードと完全代理」のシリーズを書き切ることだけに情熱を傾けています。私の音楽理論愛を皆様に見せることができるこの機会を、我が子のように大切にしています。マイベイビーです。

 さて本記事は、「裏コードと完全代理」と銘打って真の代理とは何かを解き明かすシリーズの第三回目となります。実は代理というものに触れるには、少しだけ前提とする知識にまだ欠けています。今回の記事でその最後のピースが揃います。

  • 第1回・ドミナントコードの定義
  • 第2回・ハーモニーの進む先
  • 第3回・ドミナントモーションという現象(当記事)
  • 第4回・高級代理と低級代理
  • 第5回・対応スケールとテンション
  • 第6回・総概論

 

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前回のおさらい

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 前回の要点は以下の3項目でした。

  1. ハーモニーの最低音が次にハーモニーの進む先を最も強く決定づけていること
  2. コードは完全四度に進行するのが最も収まりが良く感じられること
  3. ドミナント7thコードはM3とm7のトライトーンを持つことにより、完全四度へ進行するための強い動機を持っていること

 今回は、とくにこの2番目の「コードは完全四度に進行するのが最も収まりが良く感じられること」について、倍音という物理現象とそれを受け取る人間の心理現象から説明します。

 「なぜ完全四度進行が最も収まりのいい音と感じられるのか」ってことに疑問を抱いてしまうりんろんたみたいな人向けの文章なので、それに疑問を抱かない方は、この回をまるっとすっとばしても構いません。正直言ってめちゃくちゃつまらない回になります。どれくらいつまらないかというと、上野動物園の前まで来て休園日だったことを知り、上野公園のそこらへんにあったよく知らない美術館で過ごした1日くらいつまらないです。人によると思います。

音は波の集合体

 風のある日に海や湖の水面を眺めているとわかるのですが、ちっちゃな波が打ち消し合ったり強め合ったりすることで、水面に複雑な模様が作り出されていきます。

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 その模様が綺麗であればあるほど、何らかの決まりによって波が組み合わさっていると言えるし、模様が汚いほど、何の決まりもなくでたらめに波が組み合わさっているか、あまりに複雑すぎて理解ができない模様になっていると言えます。

 それと同じようなことが、当然ながら空気の波の集合体である音でも起きます。綺麗に感じられる音ほど規則正しく音波が組み合わさっているし、汚く感じられる音ほどでたらめに音波が組み合わさっています。それを人間は耳を通して感じ取ることができるわけです。

 実は、その波の構造こそが、和音の完全四度進行へのエネルギーの根源になっているわけです。ホントかな?

正弦波、あるいは純音

 藪から棒ですが、この世で一番まじりっけのない純粋な音ってなんだかわかりますか?

 答えは正弦波・sine波です。音は波なわけですが、波として最も基本的な形を描くのが正弦波ってことになってます。 ギターやピアノのチューニングに使う音叉や、聴覚検査に使う機械なんかはこの音を出します。

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 純粋な音であるがために、純音とも呼ばれます。しかしながら、これを聴いた人は、綺麗な音と感じるより、むしろ無機質で温もりを持たない音に感じると思います。

 1秒間に繰り返される周期の数を「周波数」といって、Hz(ヘルツ)って単位で表されます。それが音の高さです。ちなみにりんろんたは1秒間に約4発のパンチを繰り出すことができるので「りんろんたのパンチの周波数は4Hz」と表現できます。動画で録って確かめたことがあります。

楽音

 実は、完璧な正弦波というのは楽器の音としてはあまり好まれません。正弦波よりも歪みや濁りやクセのあるものが好まれます。そういう音のことを楽音と言います。

 適度な濁りや歪みやクセがあってこそ人の魅力なのであって、美女・イケメンだからといって簡単にモテるわけじゃないんです。ところでりんろんたは平成ノブシコブシの吉村によく似ているだとか、クセがあるとか変わってるとよく言われます。言い換えればそれがりんろんたの魅力なんでしょうな。

 それでですね、現実的な楽器っていうのは、正弦波よりもいびつな形をした音波を出すんですよ。たとえばエレピだとこんなの。

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 なにかしらの繰り返すパターンは見えるものの、正弦波と比べれば不規則な形の波形をしていることがわかります。

 別の例として、ディストーションを掛けたエレキギターなんかの波形を出してみるとこうなります。

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 エレピよりも格段にきったねェ波形になってますが、こちらもなんとなく繰り返すパターンをもっているのがわかります。

 実は、どちらも同じ高さの音として出した単音です。当然ながら、人間の耳でもこれらは全て同じ高さの音として聴き取っているはずなんです。

 楽音ってのは、その楽器に特有のパターンを持っています。そのパターンっていうのは、突き詰めていくとたくさんのちっちゃな正弦波によって形作られていることがわかります。たくさんのちっちゃな正弦波がどのような規則で組み合わさっているのかが、その楽器の音色の特徴、そして楽音の特徴を決定しています。

 そのパターンの中で最も低い周波数で鳴っている正弦波が、聴き取れる音の高さになっています。

楽音の構成要素

 楽音は、パターンの中で最も周波数が低い「基音」と、基音の整数倍の周波数の「倍音」と、整数倍になっていない「噪音」の3種類の成分によって作られています。噪音は「ノイズ」とも呼ばれますが、パターン化できない部分を指して言います。

 「どんな音色を綺麗だと思うか」には人それぞれ個人差がありますが、ほとんどの場合、基音と倍音のバランスの好みなんだと思います。たぶん。

 というわけで、「Aの音」を鳴らしてみて、どんな周波数の正弦波がどんな音量で含まれてるのかを確かめてみましょう。エレピだとこんな感じになってます。

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 ちっちゃくてわかりづらいので、もっと詳しくみてみましょう。

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 ちなみにギターだとこんな感じになってます。

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 めちゃめちゃちっさい画像になってて恐縮ですが、細かいことは今はおいといてください。

 基音の周波数の整数倍に山の頂点があることがわかりますでしょうか。これが倍音です。ひとつの音しか鳴っていないように聴こえていて、実は色んな高さの音がちゃんと耳に聞こえるレベルの音量で鳴っているのがわかります。

 とても不思議なことですが、単音そのものが和音の構造を持っているわけです。実は、人間の聴覚は、この基音と倍音の構造を脳内で処理して音の高さを認識するんですね。その処理能力こそが「音感」ということなのでしょう。多分。

低音の厚み

 ちなみに、楽器の音色の特徴を「厚い/薄い」または「太い/細い」と表現することがあります。これはどうやら倍音の周波数を頂点とする山の大きさを表現しているようです。言い換えれば、音の存在感を意味します。

 低音を担当する楽器ほど、十分な厚みを持たせるようにすることが多いです。ポップス音楽ではベースギターをアンプに通してドライブをかけて音色に厚みがかかるように処理することが多いですし、オーケストラでも、コントラバスだけじゃ足りない厚みをチェロやティンパニなど他の低音楽器で補ったりします。そういうようにして、「ハーモニーを支える役割」と「ハーモニーの行き先を主導する役割」を低音の部分に持たせているわけですね。

 逆に、音楽のジャンルや曲想によっては「薄いべース」すなわち「存在感のないベース」が好まれる場合もあります。ベースの厚み=存在感を増減させることによって、ハーモニーの行き先を主導する強さを調節することができるわけですね。

倍音

 楽音に含まれる基音と倍音とを、低い方から順番に並べたものを倍音といいます。さっきの図にもちょろっと書いてましたが、ちゃんと表にしてみるとこんな感じ。

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 仮に第11倍音まで書き出しました。しかし、高次の倍音ほど音量は少なくなり、特に1kHz以上の場所になってくると、ドラムなどの打楽器やその他の楽器のノイズ成分と被ることもあって、目立たなくなってきます。

 これは私個人的な考えでしかないですが、第七倍音以上はあまり重要ではないように思います。というのも、先ほどのように周波数を分析してみても、余計な周波数をカットして各倍音の音量を耳で確かめてみても、耳に聴こえると言えるのはせいぜい第七倍音までだからです。

単音つまりドミナント7thコード

 ここで注目して欲しいのは、第五倍音M3に、第七倍音m7って音程になってるところです。これ、めちゃめちゃ不思議な話で、基音と倍音ドミナント7thコードの構造になっているのですよ。

 第二回の「ハーモニーの進む先」で、

  • わざわざドミナント7thコードを使わなくとも、コードはそれ本来にドミナントモーション(=完全四度進行)をしたがる性質がある
  • 「トライトーンの解決」はドミナントモーションの定義にそれほど必要というわけじゃない

っていうような説明をしましたが、まさにこれがその理由です。

 

トライトーンを忌み嫌う生き物

 第五倍音と第七倍音は、周波数の比が5:7 = 1.4になっているわけですが、この5:7という周波数比が「トライトーン」という音程のそもそもの大根源になっています。人間は、この周波数比をもつ音程をなんとなく忌み嫌うような本能を持つ生き物のようです。

 第五倍音と第七倍音が耳に聞こえるレベルで鳴っている限り、人間は完全四度の音がベースになるようなハーモニーをなんとなーく求めるわけです。この人間の受け取る感覚から生まれる心理現象が、ドミナントモーションという形で現れるわけです。

 というわけで、ハーモニーの持つ重力そしてドミナントモーションとは、物理現象であると同時に心理現象なのです。

 もし仮に、人間がトライトーンを忌み嫌うように作られてなかったのなら、ハーモニーをどのように進ませれば気持ちいいのかっていう絶対基準がどこにもなかったでしょう。その絶対基準に従ったり従わなかったりできる、ってところに音楽の面白さ・奥深さがあるのではなかろうか、と思っています。

 人間がトライトーンを忌み嫌う根本理由はよく分かっていません。少なくとも、音楽実践理論、すなわち通常の音楽理論という枠組みの中だけでは、それ以上のことを追究するのは困難だろうと思われます。専門外というだけの話で、たとえば音響心理学になら、この答えを与えられる気がします。

 北田陽一郎先生がMusicPlanzのテキストに書かれてる通り、結局のところは、神によってそう作られているのだろう、と仮定するしかないのだろうと思います。それにツッコミを入れちゃうとしょうがないおじさんがやってきてド突き返されるので逃げてください。

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耳で確かめてみる

 本当にそれほど嫌な音程なのでしょうか?実際に聴いて確かめてみましょう。

 以下の音源は、550Hz と 770Hzを同時に鳴らしたものです。倍音のバランスに近づけるため、適度に770Hzの音量を小さくしています。

※注意:人によっては不快に感じられるかも知れません

 どうでしょう。私がいうような「えもいわれぬ恐れ」と言えるような感情は抱くでしょうか。その度合いについては人それぞれかも知れませんが、決して気持ちのいい響きとは言えないのは確かなはずです。

 

実際は5:7じゃないトライトーン

 ちょっとした余談ですが、実は、楽音としてのトライトーンは、調律の結果として5:7よりも少しだけ複雑な周波数比になっています。つまり、倍音上では5:7のトライトーンが出現するわけですが、ドレミファソラシドのファとシを鳴らした時に、基音の周波数比が5:7になってるわけじゃないってことですね。

 たとえば、「純正律」と呼ばれる調律上では、32:45 = 1:1.40625の周波数比になっています。また、私たちのような現代人は純正律よりもむしろ「十二平均律」と呼ばれる新しい調律の方に慣れ親しんでいるわけですが、この調律上では1:√2 = 1:1.41421...の無理数になっています。

 一応平均律のトライトーンの音源も載せておきます。純正律のは割愛します。

※注意:当然ながらかなりの不快感を催します

 5:7のトライトーンよりも微妙にきたねェ響きとして聴こえるはずです。本当に微妙な違いですが。なぜかりんろんたにとってはこっちの方が表情のある響きに聴こえてしまいます。

 MusicPlanzのテキストではそこまで突っ込んで書いているわけじゃないですが、倍音上のトライトーンよりもほんのちょっとだけきたねェ周波数比になっていることで、トライトーンを解決したいという気持ちを少しだけより強く持つに至ったのではないかと私個人は想像しています。

まとめ

 今回はドミナントモーションがなぜコード進行の第一基準になっているかを、倍音という物理現象と、それを受け取る人間の心理現象の両方の視点から説明をしてみました。

 今回の内容は、「低音を担当する楽器の倍音における第五倍音と第七倍音のトライトーンが、コードの完全四度進行を動機づけている」と一言で要約できます。

 裏コードが代理できること自体は耳で確かめていたわけですが、音楽理論をある程度理解したつもりの私自身でさえ、それは単なる偶然くらいのものだろう、と考えていました。裏コードが代理だってことが論理的に説明できることなんて、本当に全く信じてなかったのです。

 しかし、今回の記事までのような事柄を前提として理解して、ようやく代理の真の意味が、論理的なレベルで理解できるようになりました。

 というわけで次回、ようやくこのシリーズの本筋である「代理」に触れることになります。